Feature Story
クリエイターたちが気になる人やコトをテーマに、インタビューやタイムリーな記事を写真とともに特集します。

2006年08月31日

Interview:第1回 志葉 則行 - Fashion Stylist-

志葉 則行 Noriyuki Shiba - Fashion Stylist-

メンズファッション専門学校を卒業後、企業デザイナーとして活動した後、
現在は映画、広告をはじめ幅広い分野のファッションスタイリングを
手掛けるスタイリスト志葉則行氏。
インタビュー当日、衣装のスタイリングを担当する映画が
クランクインしたばかりの撮影の合間に話を伺った。



                         〈写真の無断転用禁止〉



「自分がカッコいいと思う服をつくりたい。そして、女の子にモテたい。」


日々変化を続けるファッション業界において、第一線で活躍を続ける志葉氏が、自身の職業としてこの業界を意識するようになったのは、高校卒業後に就職した大阪でのことだった。


生まれてから、18歳で高校を卒業するまで、和歌山県で育ちました。そして、卒業後に就職したのが、大阪にあるホテルでした。その職場は寮生活で、各地方から人が集まっていて楽しかったですね。その頃から、ファッションには興味があって、よく大阪の街に買い物に行っていました。コムデギャルソンなんかが流行っていましたね。


ー大阪のホテルに就職の後、どのような経緯でファッション業界に入られたのですか。


やっぱり自分がカッコいいと思う服をつくりたくて、21歳のときに東京にあるメンズの服飾専門学校のデザイン科に行きました。その学校が厳しい学校で、遅刻すると教室に入れてもらえなくて、出席率が60%を切ると退学になるんですよ。


ー専門学校時代に何か記憶に残っているエピソードはありますか。


夏休みに何かバイトを紹介してもらおうと、担当の先生に頼みに行ったら、テストで20番以内になったら紹介してくれると約束したことが印象に残っていますね。それまでは、そんなに上位にはいなかったんですが、バイトを紹介してほしくて頑張った結果、6番になりました。


ーその頑張った結果、紹介してもらったバイトはどんなバイトだったんですか。


結構頑張って紹介してもらったんですけど、どういう訳か行かなかったですね。結局、学校には頼らずに、自分で探したバイトをしていました。面接の段階で同じ学校の奴が10人ぐらいいたのですが、学校を通さずに個人で受けた僕だけ受かりました。結果的には、卒業後2ヶ月ぐらいまでその会社で働いていました。メンズメーカーで、在学中から靴やネクタイ、ソックスなどの小物のデザインをさせて頂きました。


ー在学中から実際のデザインをしていたなんて、デザイナーとして順調なスタートだと思うのですが、なぜ卒業後2ヶ月で辞めることになったのですか。


僕の働いていた企画部門の上司とうまくいかなかったんですよ。ある時、僕は参加しなかったんですが、一週間の社員旅行がありまして。上司と一週間、顔を会わさない期間が、とてもせいせいした気持ちになりまして。あと、仕事の面では、早く一人前になりたいという気持ちが強くて。その頃は、25歳ぐらいで一人前になれると思ってたんですよ。それで、まさか上司が嫌いだから辞めるとは言えず、ロンドンに留学するとウソをついて辞めました。実際、その後は2年ぐらい銀座のクラブでウエイターをしていましたね。


「同じスーツを一年間着続けた日々もあった」


ーその2年間のウエイターの時期を経て、今度はどのような仕事はしていたのですか。


銀座でのウエイター時代の後、メンズティノラスというメンズメーカーに入りまして、3年ほど働きました。本来は、どの部署にいくにしても、入って2年間は販売をやるのが一般的なんですが、いきなり企画の方をやらせて頂きまして。最終的には、30億円ぐらいの金額を扱う企画を担当しましたね。なんで辞めたかと言うと、その会社の社長が営業出身の方で、自分のブランドに対しての誇りが強くて、社員は普段から自分のところのブランドを着なければいけなくてね。正直、そのブランドのテイストが自分の趣味に合わなくて。それで、一番デザインが無難なスーツを1年間毎日着続けました、本当に。生地も夏冬どちらも着られるようなものを選んで、洗濯しながら。あと、デザインを考えているときに、雑誌とかを読んでアイデアを練ることってありますよね。営業出身の社長には、それが仕事をさぼっているように見えるらしくて、それも禁止されていたことも納得できなくて。他のモノからインスピレーションを得る事って、デザイナーにとって大事なことだと思うんですよ。それを理解してもらえないのがすごく嫌で辞めました。


ーそうですね。デザインするのに、机に向かってじっと考えるだけでできるものじゃないですよね。一見、関係のないような事の方が、実際は良いアイデアがあったりしますし。二つのメーカーでの実務を経て、次はどのような活動をしていたのですか。


その後、専門学校時代の仲間と3人でオリジナルブランドを立ち上げました。自分以外の2人もそれぞれ他のブランドで働いていたんですけど、うまく巻き込んで。代官山に事務所を構えて活動していました。デザインをして、パターンを起して制作する所までは出来たのですが、肝心の営業を出来る奴がいなくて、結局2年で解散しましたね。自分の好きなデザインをする事は出来たけど、給料が6万円しかなくて。本業とは別に池袋のバーで働きながら生活していました。そのバーの収入を合わせても12万しかないのに、クルマを買ってましたね。フィアットのオープンカーで130万円するやつなんですけど、一回目のローンを払う前に事故って。フロントガラスが割れて、修理するのに100万かかるって言われたんで、そのまま廃車にしました。僕、その頃2台クルマ買ってるんですけど、2台とも事故って。廃車になったクルマのローンを払い続けていましたね。


ー金がないのにクルマ買うのもすごいけど、廃車になったクルマのローンだけが残るのもすごい話ですね。


自分たちのブランドを解散した後、前の会社のつながりで、テレビ番組のスタイリストを頼まれまして。それが、隔週の収録の2本撮りの番組で、ギャラが1本16万貰えたんですよ。月に2回収録の4本分で、計32万円がギャラで。仕事としては、その番組に出演しているタレントさんのイメージにあった衣装を予算内で調達してくるものでした。でも、それまでの仕事のつながりや、専門学校時代の仲間の人脈がたくさんあったので、店から衣装を調達をするなんて結構簡単でしたね。自分でブランドを経営してきた事を考えると、こんなに簡単にお金を稼げる仕事があるんだと思いましたね、その頃は。現在のスタイリストの仕事を始めたのは、その頃からです。その後、スタイリストの仕事をマネジメントしている現在の事務所に入りました。


「出来上がった作品が良ければ、僕らの仕事はその一部であれば良い」


ーデザイナーからスタイリストへと仕事が変化していった中で、仕事に対する意識や姿勢に変化はありましたか。


仕事に対しての意識という点では、周りの人への気配りや、配慮に気をつけるように心がけるようになりました。僕たちの仕事は毎回が勝負で、その仕事がだめなら次から呼ばれなくなりますからね。予算が決められている場合は、予算以上のクオリティーのモノを用意したいし、電話ひとつにしても丁寧な対応をするようにしています。些細なことかもしれませんが、その積み重ねが仕事をする上では非常に大切な事だと思っています。今、自分の所にも若いアシスタントがいますが、礼儀作法や現場での対応は厳しく教えるようにしています。例えば、何かモノを現場に届けるだけでも、笑いのひとつでも取って帰って来いと言っています。我々は、顔を覚えてもらうのが、仕事の第一歩ですからね。


ー他に仕事に対するこだわりや心掛けている事はありますか。


広告でも雑誌でも同じなのですが、スタイリストの仕事というのは、実際の撮影現場に入る時点で仕事の8割は終わってるんですよ。あとは、その現場の雰囲気をいかに盛り上げるかが仕事です。モデルさんの気分を盛り上げたり、カメラマンやディレクターとコミュニケーションをとったり。結局は、出来上がった作品が良ければ成功なんで、僕らの仕事はその一部であれば良いと思っています。ですから、事前に準備してきたモノが現場で変わる事はしょっちゅうですし、その辺は臨機応変に対応します。現場のノリを大切にするようにしています。


ー次に、お仕事以外のお話を伺いたいと思います。好きなインテリアや、インテリアにたいしてのこだわりはありますか。


家具で言えば、B&Bのソファやコルビジュエのデザイン、あとはカスティリオーニの照明が好きですね。モダンなデザインで、上質な感じがいいですね。好きな空間は、日常生活を感じさせないところが好きです。家でも、どこか飲食店でもそうですが、あまり生活感のあるものが見えるのは嫌ですね。例えば、雰囲気のいい飲み屋のカウンターで飲んでいて、目線からタウンページとか見えるとがっかりします。なるべくシンプルで、照明の明るさで演出したりしている空間が気持ちいいですね。


ーコルビジュエやカスティリオーニなど、デザイナーの名前が出るあたりは、家具の知識もお持ちのようですが、インテリアショップにも行ったりするんですか。


仕事柄、情報を仕入れるために、いろいろ店を見たりします。それに、服にしても家具にしても、一流の店で買い物するのが好きです。商品を買うだけじゃなく、その空間の雰囲気も味わいたいし、ブランドの持つ魅力やサービスにお金を払う感じですね。同じ服でも、デパートのテナントで買うよりも、そのブランドの路面店で買いたいし、家具にしても同じデザインのライセンス商品よりも、高くても正規品を買いますね。もちろん、品質や機能など目に見える違いもありますが、目には見えないブランド力というか、感覚的な違いにお金を出します。見栄や欲求もありますが、いいものを買う事でストレスの解消にもなりますしね。


ーありがとうございます。最後に、今後の仕事の目標などありますか。


自分の経歴を振り返えると、ようやくここ数年で、この仕事が自分の仕事になってきたと思います。現在の仕事のクオリティーを高めていきたいのと、いい仲間に囲まれて仕事をして行きたいです。もちろん、ビジネスですので仕事の幅も少しずつ広げて行こうと思います。
                       Interviewer : Ken Nozawa


志葉 則行 Noriyuki Shiba
 (株)エーツー 所属 http://www.a2-inc.com

shiba_kao*.jpg


Profile :
'87 メンズファッション専門学校卒業後企業デザイナーとして活動
'91 (有)イン・ディテール設立(デザイナー)
'95 スタイリストとして活動
'98 ニューヨークブランド ペリーエリスと専属デザイナー契約

Works :
http://www.a2-inc.com/derglanz/shiba/index.html